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我おもしろ

酒樽記
一升樽(○○○)といへば、一生足るべき事なるお、一升は夢の如しと、二升めの樽にとつてかゝるは、足る事お不知也、貧乏陶に足る事お知るは、貧くしてへつらふ事なきにあたり、四斗樽(○○○)に足ることおしるは、富て驕る事なきにあたるべし、山々の楽は其うちにあり、下戸の内の神酒陶は、二た月お越て酢となり、上戸の家の樽酒は、一け月お不過して殻となる、其殻樽上戸お退き、下月に随て終に剣菱は菱餅と変じ、七つ星はお備と化す、樽の鏡の円なるは、則鏡餅にして、切ぬきし窻の方なるは是切餅也、〓三月半輪の餅欠は炙饗に焼て喰はれ、再明き樽となり、やくざものゝ寄合に入り、がくそく病身になりしも、浅漬沢庵老の匕の塩加減にて、又世に出しは、全く医師のおもしの利たるなるべし、かくさま〴〵移りかはりゆく一生の身のほどおおもひ合せて、おのが名のたる事おしれかし、