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貞丈雑記
七/酒盃
一両口の銚子は略儀也、古殿中にては片口お用られし也、魚板持参記に雲、御祝の時は片口たるべし、式膳部記に雲、公方様御成など、其外きつとしたる時は、片口にて参候間、口おも包む事なく候、自然かた口なき時、もろ口にて候へば、口の包様有之、他流には木の葉おゆひ付など色々の事候、一向なき事に候雲々、条々聞書に雲、式三献常の御盃の時も、御銚子はかた口可成也、公方様にては、正月五月其外節朔には、かた口の御銚子白し、〈白とは白めつき也、宗五一冊抜書にあり、〉御酒も白酒也、又私様にて片口のてうしなければ、かた〳〵の口お包む也、出陣の時も其外祝言にも、かた口の銚子お可用雲々、今の世片口の銚子絶て、皆もろ口計あり、一説にてうしの右口は、切腹の人に酒のまする時、此口より酒お出す間、常には包おくと雲はあやまり也、常に切腹人の用意に、口お二つ付ておくにはあらず、もろ口のてうしは大酒もりにて、客人入みだれて呑時、右の人へも左の人へも、酒お盃へ入べき為に、両方に口お付たる也、切腹の用意にはあらず、切腹人に酒のまする時も、常のごとく左口より酒お出す也、銚子の持様は常とかわりて、左右の手お取かへて持て逆にする也、右より酒出事なし、右口お用るは乱酒の時計なり、