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今昔物語
二十七
白井君銀堤入井被取語第廿七
今昔、世に白井の君と雲ふ僧有き、此近くぞ失にし、其れ本は高辻東の洞院に住しかども、後には烏丸よりは東、六角よりは北に、烏丸面に六角堂の後合せにぞ住し、其の房に井お堀けるに、土お投上たりける音の石に障て、金の様に聞えけるお聞付て、白井の君此れお恠むで、寄て見ければ、銀の碗にて有けるお取て置てけり、其の後に異銀など加へて、小やかなる提に打せてぞ持たりける、而る間備後の守藤原の良貞と雲ふ人に、此の白井の君は、事の縁有て親かりし者にて、其の備後の守の娘共、彼の白井が房に行て、髪洗ひ湯浴ける日、其の備後の守の半物の、此の銀の提お持て、彼の碗堀出したる井に行て、其の提お井の筒に居えて、水汲む女に水お入させける程に、取はづして、此の提お井に落し入れてけり、其の落し入るおやがて、白井の君も見ければ、即ち人お呼て、彼れ取上よと雲て、井に下して見せけるに、現に不見えざりければ、沈にけるなめりと思て、人お数井に下して捜せけるに、無かりければ、驚き恠むで、忽に人お集めて、水お汲干して見けれども無し、遂に失畢にけり、此れお人の雲けるは、本の碗の主の霊にて、取返してけるなめりとぞ雲ける、然れば由無き碗お見付て、異銀さへお加へて被取にける事こそ損なれ、此れお思ふに、定めて霊の取返したると思ふが、極て怖しき也、此くなむ語り伝へたるとや、