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鶉衣
拾遺下
瓢長者伝
巴陵舎に一つの瓢あり、其かたちおかしく曲れり、曲る物は全きとか、久しく援につかへて許由がにくみおかうふらず、鉢叩にも奪はれず、あるじも中流に舟お失はねど、常に愛して千金の価に思へりとぞ、むかし不之庵の翁は是お褒称して、長者狐の三字お銘せしより、頓て此名お打かへして、みづから狐長者とは名乗ける也、長者の自称必しも其故のみにもあらず、此狐に不思議ありて、酒お出す事綿々として不止、是仙術にも幻術にもあらず、隻一婢に阮宣が杖お持せて、一度市中に往来すれば、朝に尻の軽しとみえしも、忽然と夕に満り、かゝれば宇治の物語にいへる、姥が米お尽る期有とも、此酒は尽る日あるべからず、むべ也長者の号ある事、あるじ我に一語お求む、卒爾に記て贈ることしかり、