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鶉衣
前篇下
名徳利説
つくねんと静なる時、泥塑人のごとしとは、賢徳の姿おほめて、此物にはあらざれども、したしめば一団の和気あたゝかに、雪の夜あらしも身にしまざるは、これがためのたとへにもいふべかりける、まして備前の名産にして、六升ばかりお入るゝときけば、たとへ八仙の客にはとぼしくとも、虎渓の禁足は忘るゝにたりぬべし、なお此物の徳お思ふに、斗樽は座敷に場おとれば、これがたぐひにはいふべからず、あるはちろりといひ、間鍋といひ、前後左右のむつかしみありて、弦によそほひ袴おかけて、実は心のとけざるかたもあるべきに、たゞ此物の口おそらざまになして、なみ居る人の中に出ても、いづれに向ふともなく、たれにそむくともなき姿おもそなふなるべし、此ぬしこれに名お呼む事お求む、むかし子猶が竹は、見ぬ日ありともさてやみぬべし、此ぬしのこの物における、一日もなくてはあらざるべく、つねに膝下に沼まつはさるれば、かの此君の名の古きお尋て、此童とよばんにいかゞ有べき、されば世の近侍の童は、立居に尻のかろきおほむれども、此童の奉公振はたゞいつまでも、いつまで草の根づよく尻の重からむこそ、主人の心には協ふなるべけれ、
月に雪に花に徳利の四方面