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安斎随筆
後編五
一桶の訓 延喜式には、桶の事お麻笥〈おけとよむ〉と書たり、上古は今のごとく、竹の輪お入たる桶はなし、皆曲物也、其まげ物麻糸おうみて納る、麻笥〈田舎詞にはおこけと雲〉に似たる故、水麻笥などと書たる也、本は麻糸の麻笥より出て、転用して水麻笥と雲たる也、職人歌合絵〈土佐光信の画〉に、檜物師がわげ物お作る体お書たる傍の詞に、ゆおけにも是はことに大なる、なにのためにあつらへ給ふやらむとあり、ゆおけは湯桶也、此歌合は甘露寺親長卿の作也、明応の頃の人也、其頃迄も桶は曲物にてありし也、同絵に酒造りお画たるには、今の桶のごとく竹の輪お入たる桶お画たり、其頃は二品ありて、湯桶などは古風残りて、わげ物お用しなるべし、竹の輪入は樽也、