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宝蔵

柄杓
大津坂本の勧進聖は、腰にさして都若衆の衣の袖おひかへ、赤坂の城の知謀の士は、塀に振て関東勢の鎧の妻お焦せりとや、恋路はむつかしく軍法は罪ふかし、これ我ねがふ所にあらず、冬ごもりする雪の中に、炉のほとり近くよりて、ぬるくもあつくも、うすくもこくも、心に随ひ手に任せて、ふりたてゝのめるこそ、めさむる心ちすれ、又くらしかねたる夏の日に、下部におほせて、庭の草木もねりわたる計まかせたるこそ、白雨の名残覚へて、さながら凉風たてるに、夕の月の、庭にも、木にも、草葉にも、きらめきあへるぞ、命ながえのひしやくのそこいけなんもおしげなれ、かかる楽お打すてゝ、無分別か名の為か、たま〳〵水車にやとはれて、一生目くるめくほどめぐらさるゝは、そなたの為にうとましけれ、
月かげおなぐるやおしき水ひしやく
炎暑先秋草木紅 朱簾暮巻待南風 不思儀卿竜王歟 少水自由雨大空