[p.0306][p.0307]
徒然草

是も仁和寺の法師、童の法師にならんとする名残とて、各あそぶ事有けるに、酔て興に入あまり、かたはらなるあしがなへおとりて、頭にかづきたれば、つまるやうにするお、鼻おおしひらめて、かほおさし入て舞出たるに、満座興に入事かぎりなし、しばしかなでゝ後ぬかんとするに、おほかたぬかれず、酒宴ことさめて、いかゞはせんとまどひけり、とかくすれば、くびのまはりかけて血たり、たゞ腫にはれみちて、いきもつまりければ、うちわらんとすれど、たやすくわれず、ひゞきてたへがたかりければ、かなはですべきやうなくて、三あしなるつのゝうへに、かたびらおうちかけて、手おひき杖おつかせて、京なるくすしのがりいて行ける、道すがら人のあやしみ見る事かぎかなし、医師のもとにさしいりて、むかひいたりけんありさま、さこそことやうなりけめ、物おいふもくゞもりごえにひゞきてきこえず、かゝる事は文にも見えず、つたへたるおしへもなしといへば、又仁和寺へ帰りて、したしき者、老たる母など枕がみによりいて、なきかなしめども、きくらんともおぼえず、かゝるほどに、あるものゝいふやう、たとひ耳はなこそきれうすとも、命ばかりはなどかいきざらん、たゞ力おたてゝ引給へとて、わらのしべおまはりにさし入て、かねお隔て、くびもちぎるばかりひきたるに、みゝはなかけうげながらぬけにけり、からき命まふけて、ひさしくやみいたりけり、