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鶉衣
前篇上
鍋蓋額賛
むさしにかりに旅居せし比、あやしの店に求め出せるものあり、さるは鶯やほしがらむ小鍋の蓋なりけり、さんは落て釘の跡のこり、月もるばかりの節穴ありて、いと古うすゝけたる色の、わざとならず、そのわびしさのほどお思ふに独坊主の仏供おや調じけむ、借屋の婆の娵おやふすべけむ、是おたづきとしろなしける哀は、あみざこ売る人にもまさりて思はるゝに、今はたこれお買取し我お、あるじのいかに見なしぬらむ、世に摺鉢に蓋なきと諷はるゝお、かれは蓋のみありて、みはいづこにか引わかれし、いまさらに異鍋にうちきせたらむは、小夜衣の名に立もうしと、あはれに見しまゝに、物よくかく人かたらひて、これお閑居の額となしぬ、
たれ雑炊に落葉たきぬる すゝけし昔とへどこたへず われわれ鍋の世おのがれな ば よし綴蓋の女とあそばむ