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芙蓉文集

俎板 信夫
俎板あり、其形机に似て両脚に工みなせる彫物もなく、又我家に用る二見形の類ひにもなし、さながら陶家の無絃の琴に俤かよひて、台所の二助三助も、明てはたゝき暮てはおさむ、花鳥雪月のまじはりも、ひたぶる此調度の左右にありて、七種の拍子のふつゝかなるは、此国の古風の残けんか、したはしくぞ覚ゆ、天王寺の楽もいにしへお失はぬよし、兼好法師も沙汰し侍りき、氷るばかりになん冬の月のものすごきに、隣はいまだねずやあらん、鳥の骨たゝくは、かまびしくも又床し、祖翁も洛の旅寝に、納豆切音しばしまてとも興ぜられしなり、〈○下略〉