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風俗文選拾遺

摺鉢摺小木の弁
摺鉢は備前の土お最上とす、其形口ひらき底すぼみ、肌は竪ざまに刻みめ有り、ひつくりかへせば富士山に似たり、富士山女に似たるか、女富士に似たるか、女富士に似ん事お欲せず、富士又女に似ん事お欲せざれ共、天然と形お同じうする物か、其用おなす事物お摺こなすの器也、其こなすに摺鉢のみにては能せず、摺小木といふ物有、其性木お以て作る、山椒の木お上品とす、其形先丸くふとく、長く大いなる松茸に類せり、是お以かの摺鉢に入れて物お摺こなす、左右へめぐる事天地の如く、こねかへす事逆鉾に似たり、其音どろ〳〵ぐわら〳〵として、地お出る雷の如し、それ雷の百里に震ふ、陰陽相せまりて鳴る、其音陽の音にもあらず、又陰の音にもあらず、水火相合て其間に音有り、摺鉢のぐわら〳〵する、摺鉢の音にもあらず、又摺小木の音にもなし、摺小木摺鉢相摺て其間に音有、能こね能まわりて、其間よく和らぎ、能其物おこなし其用お調ふ、君臣父子夫婦兄弟朋友の上下和し、むつましく事調ひ、用おなすも又かくの如し、君父夫兄朋是お以摺小木とす、臣子婦弟我是お以褶鉢とす、摺鉢先物お受て摺小木是に交り、其間能和し能廻り能こねて其用おなす、あゝ天地の心、陰陽和合の道、摺鉢摺小木の間にも又明らか也、是お不測の妙とやいはむ、