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容飾具は専ら男女の身辺お装飾するに用いる器物お謂ふ、即ち容儀お整ふるには鏡あり、頭髪お理むるには櫛、笄、鬘、鬠、油等あり、顔面お装ふには白粉、紅粉、面脂、口脂、化粧水等あり、
鏡はかヾみと雲ふ、容貌お照見する具にして、銅お鋳て之お造る、或は鉄鏡あれども、多くは照見の用にあらずして、祭祀に供せしならん、埴鏡の如きは殊に然りとす、又銀鏡あり、玩弄の具たるに過ぎず、鏡の形は古来円き者多し、又、八角、六稜、方形等ありて、背の正中に蒂あり、蒂に組緒お施し、以て之お懸くるの用に供し、又手に把るに便にす、而して柄お加へたるは後世の製なり、其面は琢磨して物象お映ぜしむるものなれど、時には神仏の像お写し、文字お刻みたるも有り、其背には花鳥、草木、其他種々の形お刻し、又螺鈿お施したるもあり、而して鋳工の名お勒したるもの多し、抑〻鏡は容儀お整ふる外に、其観の美なるお以て、御帳の柱にも常に之お懸けられ、后宮大臣以下の帳にも亦必ず鏡お具したり、又梁に懸けたるあり、乗船に懸けたるあり、又之お献ずるに樹枝に懸けたる事もあり、而して鏡お以て直に神体と為し、或は神前の装飾と為したるは神祇部に散見せり又古は鏡お磨くに、酢漿草(かたばみ)の汁、又は柘榴の酢お用いしが、後世に至りては、梅酢お以て之に代へたり、
櫛の名は、神代より見えたり、男女ともに髪お理むる具にして、兼て専ら婦女子の首飾となせり、其材は木、竹、象牙、鼈甲、水牛等お以てし、或は金属お以てせるもあり、其形状の如きも、大小厚薄一ならず、殊に其歯は所用に従ひて精麁お異にし、其装飾の如きは世と共に変遷して、或は螺鈿お施せるものあり、或は蒔絵お施せるものあり、或は又覆輪お施し、彫刻お施せるものもありき、
笄はかみかきと雲ひ、後に転じてかうがいと雲ふ、髪掻の義にして、髪お理むるに用いる、後世其状大に変じて、専ら婦人の首飾となれり、又冠の笄は冠服部冠篇に刀剣の笄は兵事部刀剣篇に在り、
簪は又笄の字お用い、並にかんざしと雲ふ、髪刺の義なり、士人の簪は髻に挿して冠お留むる具にして、婦人の簪は、専ら頭髪の飾に用いる、其華美なるものに至りては金、銀、珠玉等お以て造れるものあり、花簪は古の挿頭花(かざし)の遺風にて、剪綵お以て製したるものなり、釵子はさいしと雲ふ、宮女の頭髻お飾るの用に供するものなり、
鑷子はけぬき、又ははなげぬきといひ、或はけつしきともいへり、額髪、眉、鼻毛等お除くに用いる、
鬘は字或は髪に作り、かづらと雲ひ、又清みてかつらとも雲へり、他人の髪お以て己の髪お飾るなり、後世髢(かもじ)と唱ふる者即ち是なり、
仮髻はすえと雲ふ、鬘の一種なり、蔽髪はひたひと雲ふ、鬘お以て額お蔽ひ、人おして面お見ることお得ざらしむるなり、
宝髻は金玉お以て、頭髻お飾るお雲ふ、内親王、女王、内命婦等、其品位に従ひて各〻差あり、宝髻お用いるお得ざるものは義髻お用いる、共に礼服お著するときに限る、又付髪あり、児童の総角お結ぶに用いるものなり、髱刺(つとさし)、鬢刺(びんさし)、髷止(わげとめ)の類は、共に婦女の理髪に用いる具にして、近世の創作に係る、
鬠はもとゆひと雲ふ、又元結の字お用いる、頭髪お結束するものなり、其種類甚だ多しと雖も、要するに貴人は多く紫糸お用い、其他は専ら紙捻お用いたり、
白粉は、しろきもの、或はおしろいと雲ふ、古来鉛粉お用いて顔面お装飾する料とす、又、はふにと称し、専ら米粉お用いるものあり、蓋しはふには、白粉の字音なり、
紅粉は旧く赬粉とも書して之おべにと雲ふ、容飾又は染色の料に用いる、
古へ頭髪おして濡沢ならしむるために、綿お油に浸して用いたり、之お沢といひ、あぶらわたと訓ぜり、後世五味子お水に浸して其汁お用いたりしが、完永の頃、蠟お鎔解して松脂お加へ、之お鬢付と名づけて使用す、其後伽羅の油お製することお知りしより世間に流布し、以て一般に頭髪お塗飾するに至れり、