[p.0352][p.0353]
信長記
十三
鏡屋天下一号之事
鏡屋宗白と雲し者お村井長門守召連、手鏡お以御礼申させけるに、信長公即取上見給ふて、いと明白也、願は心の善惡お見ん鏡もがな、世中の癖として、諸侯大夫寵臣等が、雲為おば、善も惡きも、人皆いみじきやうに雲なしければ、却て心お闇す事は、日月に弥増けれども、行の惡きお諫る事はなし、さりぬべからん、諫臣お求得ずんば、政道の実理は聞ずなん成ぬべしと、思召入給ふぞ有難き、角て鏡の裏お御覧ずれば、天下一と銘(○○○○○)せし也、公御気色変り、去春何れの鏡屋やらん、捧げしにも、裏に天下一と銘じつる、天下一は唯一人有てこそ、一号にて有べけれ、二人有事は猥なるに非乎、是偏に、長門守が不明より起れり、女が不明は予が不明也とて、事の外にぞ痛み思召給ひける、○按ずるに、徳川幕府の時、工人に天下一の文字お用いるお禁ぜし事あり、産業部工業総載篇に在り、