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歷世女装考

懐中鏡(○○○)
今ある古鏡の小なるは、むかしの懐中鏡なるべし、しかおもふよしは、むかしのよしある女は、今のごとく、ものまうでのさきにても、かほつくる事、古書に散見されば、懐にかゞみもちつらん、和泉式部集〈下の巻〉人のおきたりけるかゞみのはこおかへしやるとて、かげだにもとまらざりけります鏡はこのかぎりはいふかひもなし、これは男のおきわすれたるかゞみおかへす歌なり、わすれしとあれば懐中鏡なるべし、男もくわいちゆうかゞみもてば、女はさら也、又枕のさうし〈季吟本巻二〉きよげなる人の、よるは風のさはぎにねさめつれば、ひさしうねおきたるまゝに、かゞみうちみて、これは大内の女房宿直の時のさまなれば、手近く鏡台などあるべきやうなし、枕のもとにおきし懐中鏡にやありけんかし、後の物にみえたる中に、玉海〈○註略〉建久二年六月の条に、鼻紙の間に鏡おいれて持事みえたり、これらお徴とすれば、古き小鏡は懐中鏡なるべし、