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土左日記
五日〈○承平五年二月〉ながめつゞくる間に、ゆくりなく風ふきて、こげども〳〵しりへしぞきにしそきて、ほと〳〵しくうちはめつべし、揖取のいはく、この住吉の明神は、れいの神ぞかし、ほしきものぞおはすらむ、今はいまめくものか、さてぬさお奉り給へといふ、いふに随ひて幣たいまつる、かくたいまつれゝど、もはら風止までいや吹に、いや立に、風浪の危ふければ、揖取またいはく、幣には御心のいかねば、みふねもゆかぬなり、なおうれしと思ひたぶべきもの、たいまつりたべといふ、またいふにしたがひて、いかゞはせむとて、まなこもこそふたつあれ、たゞひとつある鏡おたいまつるとて、海に打はめつれば、いと口おし、さればうちつけに海は鏡のごとなりぬれば、ある人のよめる歌、
千早振神の心のあるゝ海に鏡おいれてかつみつる哉
いたく住の江の忘草、岸の姫松などいふかみにはあらずかし、めもうつら〳〵、鏡に神のこゝろおこそ見つれ、揖取の心はかみの心なりけり、