[p.0372]
今昔物語
二十四
参河守大江定基送来読和歌語第四十八
今昔、大江定基朝臣、参河守にて有ける時、世中辛くして、露食物無かりける比、五月の霖雨しける程、女の鏡お売りに、定基朝臣が家に来たりければ、取入れて見るに、五寸許なる押覆ひなる、張筥の沃懸地に黄に蒔るお、陸奥紙の馥きに裹て有り、開て見れば、鏡の筥の内に、薄様お引破て、可咲気なる手お以て此く書たり、
けふまで〈○まで、十訓抄作のみ、〉とみるに涙のますかヾみなれぬる〈○ぬる、十訓抄作にし、〉かげお人にかたるなと、定基朝臣此れお見て、道心お発たる比にて、極く泣て、米十石お車に入れて、鏡おば売る人に返し取せて、車お女に副へてぞ遣ける、歌の返しお鏡の筥に入れてぞ遣たりけれども、其の返歌おば不語ら、其の車に副へて遣たりける雑色の、返て語けるは、五条油の小路辺に、荒たる檜皮屋の内になむ、下し置つるとぞ雲ける、誰が家とは不雲ぬなるべしとなむ語り博へたるとや、