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藩翰譜
七上/山内
むかし一豊織田家に出て仕へし初め、東国第一の名馬なりとて、安土に引来りてあきなふもの有り、〈○中略〉其頃一豊は猪右衛門尉と申せしが、此馬ほしくおもへども、求る事いかにもかなふべからず、家にかへりて世の中に身まづしき程口おしき事はなし、一豊つかへのはじめなり、かゝる馬に乗りて見参に入たらむには、屋形の御感にもあづかるべきものおと、ひとりごといひしに、妻はつく〴〵ときいて、其馬の価いかばかりにやととふ、黄金十両とこそいひつれとこたふ、妻さほどにおもひ給はんには、其馬もとめたまへ、あたひおばみづからまいらすべしとて、鏡の筥の底より黄金十両とり出しまいらす、〈○下略〉