[p.0381][p.0382]
謡曲
松山鏡
わき詞言語道断の事、我影の鏡にうつるお見て母の影にて有よし申し候ふはいかに、総じて此松の山家と申は、無仏世界の所にて、女なれ共はこねおつけず、色おかざる事もなければ、ましてかゞみなど申物おもしらず候ひしお、某一年都に上りし時、鏡お一面買とりて、かれが母にとらせて候へば、世になき事に悦び候ひしが、今はのとき、姫お近付、我お恋しく思はん時は、此鏡お見よと申しほどに、我影のうつるお見て、はゝとおもひ歎く事の不便さは候、いや〳〵所詮鏡の謂お語つて、歎おとゞめばやと思ひ候、やあいかに姫、総じて鏡といふ物には、何にてもあれ向ふ物の影の写るぞとよ、〈○下略〉