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続狂言記

土産の鏡
〈して〉是は越後の国、松の山家の者でござる、某訴訟の事有て、長々在京いたひてござる、此度そせう相協ひ、満足仕た、急で国へ罷下り、女子共によろこばせうと存る、〈○中略〉何ぞみやげお調へて、〈○中略〉とらせたふ存たれ共、〈○中略〉なりませなんだ、〈○中略〉急候程に、これははや国本に著た、女共および出さふ、女共はうちにいるか、某が上方より、今もどつた、はよふ出さしめ、女是の人のこえがするが、おもどりやつたかしらぬ、〈し〉女共今くだつたは、〈女〉やれ〳〵うれしや、〈○中略〉しそれに付て、たまたま都へ上つたことじやほどに、何ぞみやげ物おとゝのへてくだりたふ思ふたれ共、長々の在京なれば、左様の物おも、調ふることならなんだ、〈○中略〉〈し〉去ながら、そなたには、めづらしき物お、もとめてくだつておりやる、〈女〉それはうれしい、何といふ物でござるぞ、し其ことじや、鏡といふ物じやが、是は昔は神々の宝物で、人間の持物ではなかつたけれ共、今は人間のたしなみ道具となつて、都では、いかやうのいやしき者迄も、是おもつ、其子細は、先此鏡といふ物お、我前に立てみれば、我かたちの善惡が、目の前にうつりて見ゆる、去によつて、あるひは、女は顔に白粉おぬり、べに、かねお付て、かたちおかざる、わごりよ達は、みたことも有まいとおもふて、もとめて来た、これ見さしませ、〈女〉それはうれしうござる、其様な重宝なものは、終に聞たこともござらぬ、先是へ見せさせられい、〈こゝにて女かがみおみる〉是はいかなこと、そなたは都へのぼつて、長々の在京のうち、女おおいてなぐさまれたと見へた、〈し〉それはなぜに、〈女〉いやそうあればこそ、此鏡とやらんいふ物に、女のかげがある、是はそなたの都で、おかれた女じやと見へたが、其しうしんが、こゝまでついて来て有とみへた、なふはら立や、あいつお何とせふしらぬ、〈し〉言語道断のことおいふやつじや、其女のかげは、おのれが影が見ゆる、それおしらぬか、是お見よ、身どもが向へば、某が影がうつる、あふぎおうつせば、扇のかげ、是程まのまへにうつす物のかげが見ゆる、それが、何がはらの立ことじや、〈女〉いや〳〵そうではない、あれ見さしませ、わらはがはらお立れば、あの女めがおそろしいつらおして、わらはに向ひおる、おのれ何としてくれふ、よふわらはが男おねとつて、是まであとおおふてうせたなあ、見ればなか〳〵はらが立、うちわつたがよひ、〈こゝにてかゞみへりの板になげつけてうちわるてい、しおもてお下になげてわれたといふなり、〉おのれはにくいやつじや、はる〴〵都よりもとめてきた物お、其ごとく打わりおつた、おもへばにくいやつじや、目に物お見せふ、〈○下略〉