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水鏡
下/仁明
世あがり才かしこかりし人の、大かゞみ(○○○○)などいひて書きおきたるに、おろ〳〵は見てことばいやしく、ひが事多うして見所なく、文字おちゝりて、見む人にそしりあざむかれむ事、うたがひなかるべし、紫式部が、源氏など書きて侍るさまは、たゞ人のしわざとやは見ゆる、されどもその時には、日本紀の御つぼねなどつけて笑ひけりとこそは、やがて式部が日記には書きて侍るめれ、まして此世の人のくち、かねて推し量られて、かたはらいたく覚ゆれども、人のためとも思ひ侍らず、隻若くよりかやうの事の心にしみならひて、行のひまにも捨てがたければ、我一人見むとて書きつけぬ、大鏡巻も凡夫のしわざなれば、仏の大円鏡智の鏡にはよも及び侍らじ、これも若し大かゞみに思ひよそへば、そのかたち正しく見えずとも、などか水かゞみのほどは侍らざらむとてなむ、