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甲子夜話

婦女の髪結ふに、鬢さし迚、頭髪の中にさすもの、予が幼少の頃迄は無りし、全く艶冶の為に設たる也、但諸侯大夫士などの婦人は左有べきが、以前は娼妓の類まで鬢さしば無きなり、予〈○松浦清〉十蜍年前か髪様お古風に復したり、侍女の輩に申付たるが、今にては鬢さしなくては、髪は結れずと雲ゆえ、予と同齢なる老婦に、以前は何にして結たるか、今にては老髪の少きも、彼物無ては結申されず迚さて止ぬ、〈○中略〉又今の如く鬢さし入る故は、以前は髪お額へかき下げて、あとにて髪の根結おなしたる也、夫お伊達に為ん迚、鬢指お入たる故、如今上へ挙りたる也、因試に今も鬢さしお抜て見れば、やはり髪の風はむかしの如く成る也、