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昔々物語
一昔と大に替りたるは、伽羅の油、きざみたばこ火敷売なり、〈○中略〉むかしは伽羅の油御旗本に一生少も附ざる人多し、付る人も鬢のはへさがり、又は月代たてゝ、未だ毛の延ざる人少しづゝ付し、女抔は一向不附、依之伽羅の油売所、湯島天神に一け所、明神に亀やとて一け所、芝にせむしとて一け所、麹町に一け所、牛込に笹やとて一け所、江戸中に六け所ならでは売所なし、便にあつらへ、或は京都へ挑へ抔して調、貝も今の如くにはなし、少き目薬貝程の貝に入て売、付る人も、一貝お一け年に付るも有、二年三年に付るも有、夫おさへ伽羅の油付る人おば笑ひそしる、去により前髪の若衆は多く附る分にて、大形一貝お二け月程に付切、或人の子息十五六歳の若衆、一け月に一貝付切とて取沙汰せし程なり、油お多く付て髪の結やう見事成は、油のかげ成べしと笑ふ故、多く付る人なかりし、今は大き成貝に一つお二三度に付切故、伽羅油売所多し、女中猶以付る、