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用捨箱

誰袖 花袋
誰袖(○○)は匂ひ袋なり、紐おつけて二〈つ〉連ね、今袂落しといふ物の如して持し故に、古画の誰袖に紐のつかざるはなし、是はもと、色よりも香こそあはれとおもほゆれ誰袖ふれし宿の梅ぞも、といふ古今集の歌にて名づけしなれば、楊枝さしとなりては名義聞えず、昔はおほく香具売も持来、見世店にても売たるなり、誰袖お匂ひ袋なりしといふ証くさ〴〵あり、其三〈つ〉四〈つ〉お記す、老婆物語〈完文四年印本〉下御霊の条に、矢田の地蔵の前おのぼりに、そこら見世棚ながむれば、かざりたてたる小間物の品々、いと愛らしくいたいけしたる印籠巾着、針、さし櫛、かうがい、誰袖ふれしにほひの具には、梅花じゞう雲雲、又卜養狂歌集に、犬の誰袖につなおくはへて引ところおかいたるえに、〈天知二年の写本より抄出、印本とは小異あり、〉かおりぬるにほひもふかしたが袖とひけども君は犬のつらにく、同集に、又若き香具屋まいりて、色々の香具お出しける、〈中略〉伽羅、たが袖、花の露、匂ひ袋などありといひければ雲雲、女重宝記〈元禄五年印本〉匂袋〈誰袖〉匂玉香包とあり、〈○中略〉又香のかおり〈一名白菊物語元禄八年刻〉に、梅花黒方などのたき物、麝香、竜脳の誰袖雲雲、又宝の市と題する楽山点の前句附、桂木といふ者の句に、梅が香に誰袖捨る霜の朝と、いふ〈元禄十六年吟〉あり、匂ひ袋なる事よく聞ゆ、是によりて思ふに、今婦女子の細工物といふは、大方香囊なるべし、まつ貝張(かひばり)は香貝(にほひがひ)歟、年中定例記〈室町家の旧記〉正月十一日の条、御所々々への御みやげは、こぎ板、こぎのこ、匂貝已下 様へも同前とあり、羽子板、羽根、貝張といふ程の事と聞ゆ、匂貝の事は是より古くもあらんか、貝張といふ物近き草紙にもおほく見えず、向之岡〈延宝八〉夕干 張子貝けふや干潟の錦の浦 調南
此句貝張おいひしなるべし、又花形の独楽も原は香囊にて花袋(○○)といひし物にはあらずや、花袋の句は万治前後の俳書におほかた無はあらず、証とすべきお二句錄す、
花月千句〈慶安二年刻立甫門〉 匂ふらし山懐の花ふくろ 幸和
誘心集〈完文十三年刻改元延宝紀年也、種完撰、〉 かけ香歟草の袂の花袋 一春
花袋は匂袋なる事明なり、再按ずるに、浮世袋(○○○)も匂袋なるべし、三角に縫て紐おつけたる匂袋の看板近年まであり、〈今もある歟不知〉前にいひし誰袖は彼三角なる形も見ふるしたるが故、それお精工にしたるなり、偖小女の是等の物お調ずるは、把針手業おならはんためなれば、費おいとひて香