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用捨箱

蚊帳に香袋お掛
誰袖の条にいひし如く、昔は香囊の類おこなはれて、匂袋お蚊帳に掛し事あり、
鹿驚集〈明暦三年印本〉 つく花は匂袋歟蚊帳草 〈撰者〉春清
信親千句〈明暦元年刻〉 〈前句〉人知れぬ匂袋歟夏の風 〈附句〉釣し蚊帳の内外(うちと)くらき夜
懐子〈万治三年刻〉 床近み目に掛物お心にて 〈是等の句おほくあり、三句にして止、〉
匂袋は蚊屋のすみ〴〵 〈撰者〉重頼
是は高貴人の臥玉ふまうけなるべければ、今もさる事あるお、予〈○柳亭種彦〉が知らざるにやあらん、又おもふに赤鳥の巻に、大島求馬の説なりとて、昔は遊女にたはるゝお、浮世狂ひといひしなり、傾城の宅前には柳お二本植て、横手おゆひ布簾おかけ、それに遊女の名お書て、下に三角なる袋お自分の細工にして付しなり、是お浮世袋といひならはしたるなりといふ事お載られたり、是匂袋なるべし、風にあふちて自然香お散さん料なれば、蚊帳へ掛るも同事のやうにおもはる、昔は太夫ととなへし遊女は更なり、格子などいひて、それに次者も、伽羅お衣に留ざるはなきさまなれば、かゝる余情もなしたるにやあらん、それが彼誰袖の如く、後には香類おいれず、布簾の縫留となりしなるべし、