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澡浴具は専ら沐浴に用いるものにして、垢膩お除くには澡豆、洗粉、小糠、石鹸等あり、其器具には泔器、匜、盥、浴斛等あり、
澡豆はさくづと雲ひ、後に転じてさくぢとも雲へり、小豆の細末粉お以て製し、手面等の垢膩お澡ひ除くに用いる、原と仏家澡浴具の一にして、漢土お経て本邦に伝来せしものなり、其時代は詳ならざれども、延喜式に、天皇中宮供御の料、及び斎会衆僧の料等あれば、当時既に貴賤一般に之お用いたりしお知るべし、
洗粉(あらひこ)は、旧く漬粉、又は手水粉(てうづのこ)と雲ひ、又単に粉とも雲へり、初は専ら澡豆お用いしが、後には綠豆の粉、及び蘭麝粉等お使用せり、髪洗粉は専ら髪の垢お洗ひ除くゆ用いるものにして、藁本(こうほん)と白芷(ぴやくし)との細末粉あり、又海蘿(ふのり)と饂飩粉とお湯に溶し、或は無(む)患子(く)の皮お細析したるあり、
小糠(こぬか)は一えまちかねと雲ふ、蓋し待兼の義、即ち来(こ)ぬかの縁語なり、小糠お入るヽ袋おぬかぶくろ、又はもみぢぶくろと雲ふ、もみぢぶくろは其袋に紅木綿お用いるに由りて称せしならん、
石鹸はしやぼん、又さぼんと称す、身体の垢膩お澡ひ除くに用いる所にして、あるかりと膏油とにて製したるものなり、原と外国品にして、衣服の洗濯に用いるものは、夙に世に行はれたれども、之お身体の澡浴に用いしば、最も近世の事に属す、而し、て無患子の皮、白小豆等、総て油お洗ひ去るものおも亦汎く之おしやぼんと称せり、
垢摺(あかすり)の類に、糸瓜皮あり、浮石あり、糸瓜皮はへちまのかはと雲ふ、糸瓜お晒して其纎維お取りて製す、浮石ばかるいしと雲ふ、其体虚にして軽きが故に名とす、並に垢お脱し蹠お磨くに用いる、
河薬ばかはぐすりと雲ふ、白米お以て製するものなり、
泔器はゆするつきと雲ふ、析米の汁お盛りて、以て髪お梳るの用に供す、其形は茶碗の如くにして、蓋及び台あり、又下台あり、其製作頗る美なるお以て、室内に陳設して装飾と為すものあり、後世ゆすりつきと雲ふは、其語の転じたるなり、
鬢水入(びんみづいれ)は泔器の類なり、漆器にして、鬢水お盛るに供す、鬢水とは、鬢髪お梳るに用いる水の謂なり、
匜ははにさふと雲ふ、半挿の字音なり、之おはんざふと雲ふは音便にして、はさふと雲ふは略言なり、即ち湯桶の類にて、湯水等お注ぐに用いるものなり、抑〻我邦の座は、支那に謂ゆる匜とは、其形状大に異なれども、其用の同じき故に、此字お充てたるならん、此器は銀お以て作れるあり、木製の漆塗に蒔絵したるあり、又柄あるもあり、柄なきもありて一定ならず、後世に歯黒盥(ばぐろめたらひ)おはんざふと称するは、同時に用いるに由りて、其名の転れるならん、多志良加は土製の瓶にして、蝦鰭槽(えびのはたふね)は土製の手洗なり、倶に神祭の具にて、天皇のみ用いたまふものなり、
水瓶はみづがめと雲ふ、すいびんと雲ふは音読なり、鋳物あは、木製あり、硝子製あり、水お注ぐに用いる、
水注子はみづさしと雲ふ、鋳物にして、湯の熱き時に水お注入する器なり、
手湯戸はてゆのへと雲ふ、漆器、陶器、金器等あり、其形甕の如し、
缶はほときと雲ふ、瓦器にて、盆の如きものヽ総称なり、
罍は水お盛る具にして、一に盥罍とも雲ふ、又酒器にも用いる、尚ほ飲食具篇櫑子条お参看すべし、
手水桶はてうづおけと雲ふ、澡手の水お盛る桶なり、
手水鉢はてうづばちと雲ふ、金石陶器等にて作り、常に水お貯へて手お洗ふの用に供す、
杓は元と瓢お用いる、因て之おひさごと雲ふ、後世竹木等にて作りたるおも亦旧称に由りてひさごと雲ひ、転じてひさげ、ひしやく、又はしやくとも雲へり、澡浴の時、湯水等お汲むに用いる具なり、
掻器は掻笥とも書し、之おかいげと雲ふ、其製作及び用法等は大概杓と同じ、
升はますと雲ふ、其形斗量の量に似たるお以て名づく、湯屋にて澡浴の時に用いるものなり、
嗽茶碗はうがひぢやふんと雲ふ、茶碗の大なるものにて、口お嗽ぐに用いる水お盛るものなり、
楊枝はやうじと雲ふ、歯牙お磨き、口中お滌ふに用いる具にして、形は箸に類し、小なるものは一寸有余なれども、大なるものは一尺二寸に至るものあり、原と仏家に歯木と雲ひしお、漢土に伝来しては、専ら楊材お以て作り、之お楊枝と訳してより、本邦にても亦其名称お用い、終に他の材にて作れるおも、総て楊枝と称するに至れり、琢砂はみがきずなと雲ふ、歯お磨くに用いる具にして、特種の砂お水飛して、竜脳、丁子等お加へたる砂粉なり、後には専ら歯磨粉(はみがきこ)と雲ひて、琢砂の称は廃せり、
盥はたらひと雲ふ、水或は湯等お承くる円形の器なり、金器、陶器、木製等ありて、之に附属したるものに貫簀、台、打敷等あり、
洗はせんと雲ふ、金属にて作れる円形の器にして、其用盥と同じ、後世之お飯銅と雲ふ、
浴斛は字又湯槽、湯船等に作り、ゆぶねと雲ふ、即ち沐浴に用いる湯お容るヽ大なる函なり、ふねとは都て狭長にして、大なる函お謂へるにて、馬槽、酒槽などの如し、浴斛には木製に漆お塗りたるあり、白木にて作れるあり、又沐槽、浴槽、手水槽、洗足槽等の別あり、
風呂は風炉の仮借にて、原と風かにて火の燃ゆるやうに作れる器の総称なり、居風呂(すえふろ)あり、荷風呂あり、又板風呂、石風呂、竃風呂、五右衛門風呂等の数種あり、
浴斛及び風呂の具には、覆帷、下敷帷、波絹、打板、踏板、樋、洗床、案、桶等あり、尚ほ浴斛風呂等の事は、居処部浴室篇に詳なれば、宜しく参看すべし、
内衣はゆかたびらと雲ひ、後に略してゆかたと雲へり、入浴の時に用いる盟衣なり、後には専ら入浴後に身お拭ふに用いたり、故に身拭(みぬぐひ)の称あり、天羽衣と雲ふは、大嘗祭の時、天皇の著たまふ内衣にして、又あかはとも雲へり、
今木はいまきと雲ふ、湯纏(ゆまき)の転語なり、始は専ら浴室若しくは理髪等に奉仕する婦人の著る衣お称せしが、後には汎く湯具おも称せり、
湯具はゆぐと雲ふ、浴槽に入る時陰部お掩ふに用いる一幅の布なり、一にゆもじと雲ふは湯文字の義、湯具の歇後の言にして鰭おすもじと雲ひ、章魚おたもじと雲ふに同じ、又下裳(したも)と雲ふは婦人の用いるお雲ふ、又ふろふどしと雲ふは、湯風呂に入るときに用いる褌なり、膝覆はひざおほひと雲ふ、産児お浴せしむる婦人の膝お覆ふに用いる生絹の三幅二重なるものなり、
風呂敷はふろしきと雲ふ、湯殿に敷きて浴斛より上りたる時、足お拭ふ布なり、又湯あげとも雲て、小児の身お拭ふにも用いたり、
手拭は奮くたのごひ、又はたなごひと雲ひ、後にてのごび若しくはてぬぐひとも雲へり、手お拭ふに用いる具にして、一幅の布お断ちて製す、巾箱(たなごひのはこ)、手拭台、手拭掛等は並に手拭の附属品なり、