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筆の霊
前篇三十
手水の事
娵入之記には、はんざうとは、ひさげの事、たらひはもとより雲に及ばず、たらひのつのはそばに成なり、是はてうつの為なりとあり、其比は、主とひさげお用ひて、名のみおはんざうといへるなり、今半挿に具するたらひお、はんざうだらひといひ、略きてはんざうとのみいふは、古のばんざうと異なり、さて右に角盥の角につきて、置様の法ある事見えたり、是等おあしく見たるにや、角だらひの角お、湯つかふ人の膝の方に向け置きて、つかふ人其角に袖おかけて、自に臂のまくれ出るやうにして湯おつかふ、是其角の用なるよしいへる説あれど、更に取がたし、然様にせば、盥お向ふ様にくつがへす事あるべきなり、一方より推す意味になればなり、されば此角は持ありく時に、持つ手のすべらぬ料の具にして持時の用第一にて、湯おつかふ時の古実は、右の如く角は横になりて、左右に在る様に置事なりしなり、手水の為なりといへるは、手水の時には、左右の手お同時につかへば、其袖お其左右の角にかけて濡れぬ様にし、手お中にて合すれば、両の角ひとしくおさるゝに因て、袖にかゝりても倒ふさるゝ事なきなり、是盥おつかふに便なるから出来し故実なり、