[p.0602]
筆の霊
前篇三十
手水の事
又今常につかふ耳だらひと雲具も、角だらひと同じ意にて、其耳お持つお便としたる物なり、角だらひのやゝ転りたる物と雲べし、黒ぬりの耳盥にて、嗽茶碗に湯水お入たるお内に置て持出、客に手お洗はしむるは、全く古の半挿角盥の意に違はず、然るお金にて造りて鉄漿なる具とのみすれど、其具は昔はかねはきと雲物お用ひしにて別なり、娵入之記に、かねはきとて、常の御たらひみゝだらひなどのやうの物、つのも耳もなく黒ぬりにこしらへたる物なりとあり、角だらひの耳だらひになれる事は、角の長くて物にかゝりてくつがへる事などの多きお愁ひて、手かくる所のみお設たるが、耳だらひなり、娵迎之事と雲書に、御つかひ候はんはんざうだらひ、又はおほせがきの硯箱あしあらひ、耳盥とあり、