[p.0620]
宇治拾遺物語
十五
今はむかし、天智天皇の御子に大友皇子といふ人ありけり、〈○中略〉清見はらの天皇〈○天武〉そのときは春宮にておはしましけるが、〈○中略〉春宮これお御らんじて、さらでだにおそれおぼしけることなれば、さればこそとていそぎ下種の狩衣袴お著給て、藁沓おはきて宮の人にもしられず、たゞ一人山お越てきたざまにおはしけるほどに、〈○中略〉美濃国へおはしぬ、この国のすのまたのわたりに舟もなくて立給ひたりけるに、女の大なるふねに布入てあらひけるに、〈○中略〉女申けるは見奉るやうたゞにはいませぬ人にこそ、さらばかくし奉らんといひて、湯舟おうつぶしになして、その下にふせたてまつりて、上に布おおほくおきて、水くみかけてあ、らひいたり、〈○下略〉