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後はむかし物語
京都の人はうはべ和らかにて、心ひすかしなど、さみする人多し、江戸ものゝ心持には、さ思ふべき道理もあれども、又江戸ものゝ及ばぬことも多し、おもふに物の流行、江戸は足早く、京都は足遅し、十年跡〈○完政六年頃〉に京に登りて見たるに、帯の幅せまき、笄の長き等、江戸にてむかし流行せし事、其まゝにて有やうに思へり、主人と下女の髪は是非おなじうせず、頭に物かむらぬは、道のものに紛るとて、隻うどは帽子おかむり、町家の外は被おきる也、尼も是非帽子かぶりて頭お顕さず、山下惚右衛門といふ男、京よりはじめて江戸に来り、其尼の物かむらず羽織著たるお見て驚きたり、況手拭おかむりたる女などは、曾て無き事なり、是守りの正敷所なり、