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むさしあぶみ上
そのかみ明暦三年ひのとのとり正月の火災の事はきゝ及び給ふらん〈○中略〉はじめ通り町の火は伝馬町に焼きたる数万の貴賤此よしお見て、退あしよしとて、車長持お引つれて、浅草おさしてゆくもの、いく千百とも数しらず、人のなく声、車の軸音、焼崩るゝ音に打そへて、さながら百千のいかづちの鳴おつるも、かくやと覚へておひたゞしともいふばかりなし、〈○中〉〈略〉かゝる火急の中にも盗人は有けり、引すてたる車長持お取て方々へにげゆくこと、更におかしかりけるは、いはいやの某が、我一跡は是なりとて、つくりたてたる大位牌小位はい、漆ぬり箔綵いろ〳〵なりけるお、車長もちにうち入引出し、あまりに間近くもえきたる火おのがれんとて、うちすてたるお、いつの間にかとりて行、浅草野辺にて鎖おねぢきり、蓋お開たりければ、用にもなきいはいどもなりけり、〈○下略〉