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梅園日記

檉編
桂川地蔵記に、魚脳檉挽(しやうべん)、象牙引壺、頗黎巵、瑠璃壺とあり、先年岩瀬京伝、この檉挽はいかなる物ならんと問しに、知らざるよし答へたりき、後按ずるに、尺素往来に、六納(いれ)檉挽、三入葛箱、又下学集に、食籠、檉挽〈或編〉撮壊集に、葛籠、皮籠、檉鞭、異制庭訓往来に、〓箯、〈按に慶長板節用集二本倶に亦此二字あり〉松会板遊学往来に、犀皮、堆紅、堆朱、堆漆、鴎楊、桂漆、雲朱、世良田等之香箱、納檉椀一荷借進之、完文二年板、遊学往来に、朱漆木椀、厨子、楪子、馬上盞、唐折敷、同黒漆赤漆折敷各三束、納楊編一荷借進候、類集文字抄に、傷編、印籠、食楼など有お合せ考ふるに、〓楊傷は、倶に檉の仮字なり、挽鞭後は〈松会板遊学往来の、檉椀の椀は梚の誤り也、〉皆編の仮字にて、正字は檉編なるべし〈檉字の音はていにて、呉音ちやうなれども、聖字の呉音しやうとひがよみしたるなり、釈日本紀の秘訓に、檉岸山明お、せいかんさんのみなみとよめると同じ誤なり、〉これ檉条(かはやなぎのえだ)おもて編たる器なり、天文十一年池坊恵応記に、しやうへんの図あり、〈○図略〉此しやうへんすなはち檉編なるべし、さてかの地蔵記なるは、魚脳お以て、檉編の形に作りし物にや、