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用捨箱

枕箪笥
何の器物にもあれ、其形のみ専らおこなはれ、朝夕目に馴れば、古くよりありし物のやうに思はるゝは世の常なり、〓枕(あづちまくら)はいと近き製作なるべけれど、若き人は名だにも知らず、唯枕といふ物と思ふもあるめり、西川祐信の昼、正徳雛形の枕尽しの摸様に、形の似たるはあれども、今の如く縊(くヽり)といふ物おつけたるは無し、偖此枕なき前は、中人以下は皆箱枕なりしなるべし、客のまうけなんどにや、枕五つ宛お重ね箱にいれたるあり、是お枕箪笥といへり、古き調度お商ふ舗には、おりにふれてあり、小口お黒漆にて塗、紋所お金粉にて蒔絵したるなどあれば、下賤の者のみ箱枕お用ひしにはあらず、今も旅籠屋茶屋やうのところは、此枕箪笥のある歟不知、
此茶屋雀のほかには、十の枕おえがきたる草紙お見ず、今芸州宮島の遊女、枕二つお箱にいれ、鐶にてひきさぐるやうにしたるおもて来、此形に似たりとぞ、〈○図略〉
塵取〈延宝七年刻 常矩撰〉大形の恨みの数も十計り
来譫夜重ねてうき枕箱 風宿
常陸帯〈元禄四年刻 児水撰〉
春雨に九つあまる枕かな 林鴻
陸奥千鳥〈元禄十一年 桃隣撰〉
木枕や十人までは冬籠 琴風
四五百森〈元禄七年刻〉
桜にこぬや随分の用 〈撰者〉示因
朧月十の枕は十所に 同
而形集〈平砂句集〉
木枕お八卦に配れ夏座敷かゝる句どもの見ゆれば、昔は此枕箪笥いづれの家にも有し物なるべし、又、
江戸筏〈享保元年刻〉
〈前句略〉十人前ぞ枕いやしき 青峨
といふ吟あるにて思ふに、享保の頃ははや〓枕おこなはれ、箱枕は廃たるにやあらん、又曰、河念仏〈元禄十四年刻〉に、枕だんす次きせる、伊勢骨柳(いせこり)に何かうちいれとあるは、旅の用意にて、枕近くおく箪笥の事なり、手近くおくお手箪笥といふに同、