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嬉遊笑覧
二上/服飾
昔は夜著なんど別に有は希なるにや、常の衣おかさねて著しことゝ見ゆ、砂石集八ある入道法師の物語に、小所領知行せし時の、事かけず病者にて身冷雲々、女童部が衣かさねて候が、猶肩ひゆる儘に、小袖お肩にかけて、足冷てわびしければ、小童部あとにねさせ侍りしが、所領得替の後は、ひたすら暮露々々の如くにて、帷に紙袋きてねるに、足も身も冷ず雲々あり、ふすまは万葉に敷裳とあぢおもて、臥裳なりといへり、其状はふすま障子といふにておもへば、今のかゞみ蒲団(○○○○○)の如く、縁おとりたるにて、形は方なるなり、民間には多く紙ふすまお用ひたり、著聞集に、安養の尼のもとに盗人入たる処、尼うへは、紙ふすまといふものばかりお、引著て居られたりけるなど見えたり、紙被お今江戸の俗にはてんとくじ(○○○○○)と雲、古に日向ぼこりお天たうぼこりといひし如く、日の暖なるおよそへて、天徳といふなるべし、〈天徳寺といふ寺ある故に、戯れて天徳じといひしなるべし、且ついやしき物なれば、あらはにいはざりしことゝ聞ゆ、〉松月堂不角住吉奉納、〈三吟百韻〉無一もつ後生願の猫かふて、〈千翁〉かぶる衾も天徳寺なり、〈泰角〉西翁独吟百韻、めらはれにけり、吝気いさかい我恋は、やぶれ紙帳の中々に、塵塚咄、〈元文二年に生れし老人筆記、一名飛烏川と雲歟、〉昔は夏近くなれば紙帳売、冬になればてんとくじといふ物お商ひたるが、今はすくなしと雲るは、売ありきしならむ、向が岡、〈延宝八年刻板〉夕立やあるが中にも紙帳売、といへるにて知べし、明和二年千柳点、紙帳うり塗師やに売るがしまひなり、とあれば、此頃までも有しなるべし、