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松屋筆記
九十五
夜衣(よぎ)といへる名目今俗、夜衣、蒲団といへる名目、ふるくは物に見えず、ふとんは古の衾也、夜衣(よぎ)、掻纏(かいまき)は、いつばかりの製ならん未考、太平記卅五〈六丁才〉京勢重南方発向事条に、将軍げにもと思給ければ、風気の事有とて帳台の内へ入り、夜衣(よぎ)引纏頭(かづき)臥給へば雲々とあり、これはよるのころもとよまるべけれど、しばらくあぐ、さよ衣など歌によめるも衾の事にや、また太平記卅五〈六う〉京勢重南方発向事条に、女房達一二人御寝所に参て、此由お申さんとするに、宿衣お小袖の上に引係て被置たる計にて、下に臥たる人はなし雲々、此宿衣もよぎとよめり、いかにも衾お衣と書んもおぼつかなければ、今の世の夜著の類にや、小袖といへるはかいまきの小袖なるべし、