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後松日記
十二
蚊帳製作並用様
条々聞書雲、御かてふは水色、角、水引は段子、さほ黒うるし、かぎ赤銅、〈略〉女中の御かてふは、二つつられ候、一つは水ひき、角ともにあかき段子水色、さほ黒うるし、かぎめつき、一つは梅ぞめ、水引角共に黒きしゆす、さほ黒うるし、かぎ赤銅、年中恒例記雲、〈○中略〉貞助雑記雲、殿中御蚊帳つり申候事は、蚊いでき申時分、陰陽頭に申、御蚊帳つり申候日時勘文進之候、伊勢両人下総守貞仍、肥前守盛惟参勤、ちかき頃は貞遠参勤申也、毎日のあげおろしは、女中上らふの御役也、また八月中に撤却の日時、陰陽頭勘文進上の日、両人祗候いたし、おろし申てひつゝりと申て、何にてもかり初につられ候而、九月中まで引つりにて御座候、貞孝朝臣相伝聞書雲、蚊帳の事、四月卅日よりつりはじめ、八月卅日までにて候、九月朔日より取置候也、武雑記雲、蚊帳のおもしは、くろがねお細く打ておかれ候、〈○中略〉これにて人お打擲する事の古事あるよし申ならひしなり、
考ふるに、蚊屋の名は、延喜太神宮式雲、〈○中略〉太神宮延暦儀式帳雲、〈○中略〉雲々、かくふるきよにみえぬれど、またこと書にはさらにみえねば、多くは用ひぬなめり、さて蚊おばいかゞはしてかさけつらん、清少納言がいひしごと、細ごえに名のり来る、いと〳〵うるさきものなり、もとより帳のうちにねれば、蚊帳なくてもさくるによしあるか、又やんごとなきあたりには、香おくゆらしなどすれば、おのづから蚊はすくなきなるべし、さてこそ残が伏屋にては、蚊遣火のみぞ頼みなるべけれ、蚊屋お専ら用ゆる事は、足利の世よりと見ゆ、そは前に書しおみてしるべし、う月に吉日おえらびまいらせて、ひるはおくなるかたにおしよせて、下おばうへさまにさほにうちかけおきて、夕べに御ふすまむしろなどまいらせて、うちかけたるおおろしてのべて、ねさせ奉るべし、さて八月によき日して撤したるとみえたり、そのつり様いまはたえてしる人なければ、画図にものするなり、〈このつり様はわが考へ出したるにてはなし、さるいなかにてかくつるとて、いなか人に聞たるなり、〉