[p.0204][p.0205]
嬉遊笑覧
八/方術
按るに、御産所日記に、若君〈普広院義教の若君義勝〉御誕生、永享六年甲寅二月九日、御産所波多野因幡入道元尚宿所鷹司西洞院、これは御袋の御方の里第なるべし雲々、御産所の御具足色々給はる注文の末に、御蚊帳御紋鶴亀、同御竿金物〈白〉在之、御蚊帳は御出生之御所様御蚊屋也、御あつらへの御蚊屋御還御之時分遅参の間、私に給はる、御蚊屋借りめさるゝと雲々、頓而私へ被下処也と有、〈この文の心は、御産所の具足はみなその宿所に賜ふなり、若君還御の時、御あつらへの蚊屋間にあはず、其故御産所の蚊屋おかり用ひられ、やがて返さるゝとなり、〉二三月の頃、いまだ蚊の出ぬ時なれど自然何虫によらず有まじきならねば、常に小児には是お設るなり、さらば鶴亀お染たるがもとにて、略しては〈この絞小児の具に限れるにはあらじ〉染ざる蚊屋に、聊其形お紙に書て付たるが、画やうのかりそめなるより、雁がねとまがひしならむ、世人九月になれば必ず雁がねお付ると心得るは非なるべし、其形お染たる蚊厨は、九月より用るにはあらじ、但し紋そめざる蚊やに、其月に至りてこれお付ることは、九月は斎月にて物忌する時なれば、さはいひ習へるなめり、