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雲萍雑志

六徳牒記雲、綾羅錦繡もて夜の物お造り、薄ものすゞしに蚊のわづらはしきお避るは、定紋に片意地はりて、紙子に浅瀬お渉ることおしらざるなるべし、土焼の火鉢ひとつは道具買も遺念なく、紙もてつくれる蚊牒一張、紙屑かふ者の眸おうながすはともあれ、盗人おして心お動さしむることなかるべし、薄紙一重に世塵おさけ、湿おのぞきて寐冷せず、風お入るゝ時は水浜にあるよりも凉しく、書お見る時は蛍雪の窻よりも明し、いぎたなき姿お人に見せぬばかり、夏侯が妓衣の巧にもまされり、昼はまろめて屏風のうしろへ投込み、折目お正すせわもなし、秋去冬来れば、被りて霜雪のはげしきおも凌げば、一物にして六用あり、彼太宗が歌舞のからうたにはよらねど、われ是に名お与へて、六徳の牒とよび、みちこそなけれど、驚きたる山の奥にもおもひ入らず、隻このうちに延臥して、やがて出じとはおもひそみけり、