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柳亭筆記

綟売 さらし売〈附紙帳売○中略〉
上景染、〈享保乙巳露月〉貝並題浪人、一擊のひゞく築生平ならざりし、夫山、三都の句に見えたれば、いづくにもありしなるべけれど、他国は知らず、今江戸には絶たり、蚊屋売のみはあれども、たま〳〵ならでは声おきかず、因に雲、昔は何事も質素にて、下人は多く紙帳お釣たり、故に紙帳お売きたりし事あり、富士石、〈延宝七年印本、調和撰、〉雨晴て声いや高し紙帳売、宗也、向の岡、〈延宝八年印本、不卜撰、〉夕立やあるが中にも紙帳売、立沢子、文化十二年九十三歳なる老人の筆記、飛鳥川といふ写本に、昔夏近くなればてんとくじ〈紙衾なり〉といふ物お商ひたるが、今は少しとあり、こゝに記されしごとく、今も棚にては商へども、その家おほからず、ましてやふり売に来りしことは、ふるき冊子にも晃えざれども、二句まで証あれば、延宝の頃はもはら売きたりし事必せり、〈飛鳥川といふ同名の書多くあり、故にかく初めにことわりしなり、〉誘心集〈完文十三年即本、種完撰、〉冬雑、引しぶやもみぢの錦紙子売、千之、隠蓑、〈延宝五年刻、以仙撰、〉時なるお紙子うる声初時雨重政、夕紅、〈元禄十年印本、調和撰、〉仙台の浄瑠璃聞ん紙子売、花畝、彼地は今も紙巾の名産也、むかしより紙子の類は他国に勝れしなるべし、此三句おてらし合せて見るに、是も売来りしものなるべし、