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芙蓉文集

掛灯蓋(○○○) 耳得
日月のともし火、江海は油、是お天地の灯蓋といふ、このもの人家にくだりて、かけ灯蓋とは誰名付けん、なかんづく都三条大路に用られて、蛍とびかふ夕暮や、蝉の小川に声ありて、水無月の凉風、軒おめぐれば、消なんとしてはかゝげ、其栄枯風にまかす、あるはむら雨の晴間待間、かれにふたするの自在あり、あるは蒲やき田楽に光おそへ、炉にあたる横顔に、句髭のますら男おつなぎ、又華街青楼のかけ行灯は、夜の錦に輝て、羅綾の袂とこそ見ゆれ、将浮図の荘厳第一には、高座に如幻のおしへあり、あなかなし人の世中灯のごとし、かならず消る事忘るべからずと、ある僧の垂戒も尊し、詩にかたみおのがれ、歌にぬめりおはづれたらば、我俳諧の道に似たるものは、此掛灯蓋にして、高きは高うし、低きは低うす、されど灯台下くらしといふ諺もあれば、執行地に油断はなるまじと、みづから是お思ひて、夜座更行まゝに、油煙に鼻の穴おくもらし、筆お置ば後夜の鐘寝よと告ぬ、〈○俳句十一句略〉