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明良洪範
続篇十三
老人の話に、昔慶長の中頃、駿府にて権現様〈○徳川家康〉御鷹野に御出遊ばされしに、急御用之有、成瀬隼人殿其外御役人出座して、御状認められ候時、隼人殿坊主衆お呼て、灯しさしの蠟燭之あり候はヾ立候へと御申故、二三寸計り有灯し残のらう燭お立申候、扠御状御仕舞早々御前へ出られ、其跡に矢張らうそく立是有候処へ、御目付衆参られ、之お見られ大に驚き、坊主衆お呼て、何迚らうそくお立置候や、此事相知候はヾ、急度曲事に仰付らるべしと、大きに叱申され候、坊主衆答て、隼人殿御用に付立候へと御申故、灯し残りの蠟燭お立申候由申候へば、隼人殿御申にて立候はヾ相済次第早々消申べき事なるに、其儘打捨置候段不埒千万也と立腹せられ候由承候、