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経済要錄

脂膏第九
活物の油お取て人世の用に供すべき者極て多し、先魚類に於ては海鰌(くじら)の油お第一とす、何となれば海鰌の油は、其色清くして臭気少く、以て灯火に用るに、光白く明亮なり、且松脂と硫黄お和して煎煉し、番瀝青(ちやん)お製すべし、其油粕も亦貧人は食物と為すべく、田畠の肥養と為すべく、諸魚の中に最も勝れたる者なり、其次は海豚(いるか)及び鮪(しび)鯖(さば)鱠(ます)青魚(かど)〓魚(かさご)河豚(ふぐ)三摩(さんま)等皆油お搾るべし、然れども油の品は大に海鰌に劣れり、右諸魚の油粕は、肥養には良なれども、食物と為し難し、右油粕の食ふべき者は、鯨より外には唯是三摩の油粕のみ、凡魚油の最も多く取るべきは、海鰛(いはし)より大なるは無し、然れども鰯油は其臭惡く最も下品なり、油粕は甚だ農家貴重の肥養たり、又活物の油の惡臭お除く法あり、此法お行ふときは、菘種(なたね)蘇麻(えごま)芸薹子(あぶらな)等の油と異なること無くして、姦曲なる賈人は此お清浄油に混じて売るお以て、官より厳く此お禁ず、鳥油は鶴油お第一とし、鴨の油これに次ぐ、雁及び青〓(あおさぎ)鵁鶄(ごいさぎ)鴻鵠(ひしくひはくてう)等の油これに次ぐ、凡鳥の油は食料に用て味美なるが故に、灯火には用ること無し、蔬菜も少しく鳥の油お混じて煮るときは、味お増すこと鰹節等の絶て及ぶべきに非ず、獣類の油は家豚の油お以て第一とし、熊の油これに次ぐ、此二種の油お清潔に取たるは、鳥の油よりも其味美にして、食物に混じて煮るに妙なり、且灯火にも薬物にも此お用ゆ、其他の諸獣は何れも油多く、亦蠟おも採るべし、然れども豕卜熊との外は、油に臭気強く味ひ宜からず、食料に用ゆべからず、唯薬用とす可し、下品は灯火に用ひ、或は蠟燭おも製す可し、所謂不浄蠟牛蠟等の名お呼者則是なり、其臭極て惡くして、貴人の傍には燃すべからず、近来不浄油に松脂お混和し、棒の如き者お製し、薩摩蠟燭と名て此お売者あり、此物の一時世に用ひられしは、当時油の極て高価なるが故のみ、異国人は猪豕(ぶた)の油おまんていかと名て、朝夕此油お用て食物お調製す、皇国人の鉛錘魚脯(かつおぶし)お用るに異なること無し、