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東遊記

七不思議
一臭水の油(○○○○)は、芝田の城下〈○越後〉より六里ばかり東北に黒川といふ村あり、其黒川の東南五六丁ばかりに蓼村といふあり、其所に鯛名川といふ小川あり、其川端に少しの岡ありて杉林なり、其所に小き池有りて、其池に油湧くことなり、其油のわく池、此地に五十余ありといふ、余は入口の所四つ五つお見る、池の大さ四畳敷計、或は五六畳七八畳敷計にて、あまり大なるは無し、其池の水中に油わき出て、水と油は別々にきは立て見ゆ、水中にある時見れば、其色飴色なり、日に映じては、五色にきらめけり、其上に小屋おかけ、雨の入らざるやうにして、此あたりの里人各此池お領して、毎日油お汲取り、猶少し水の交りたるお、かぐまといふ草お以てしぼり取る時、油と水とたやすくわかるゝとなり、よく湧池は毎日油二斗ばかりづゝお得るといふ、此油灯火に用うるに、松脂の気ありて甚臭し、故に臭水と名く、灯火の光りは甚明らかなれど、油のへること速にして、しかも少し臭気あれば、価は常の油の半ばかりとそ、然れども此所より毎日数十斛の油出るゆえ、此国にては多く此油お用う、誠に地中より宝のわき出乃といふべし、されば此辺の人は、他国にて田地山林などお持て、家督とする如く、此池一つもてる人は、毎日五貫拾貫の銭お得て、殊に人手もあまた入らず、実に永久のよき家督なり、此ゆえに池の売買甚貴し、今年も油よく湧池一つ払物に出たりといひしまゝ、いかほどの価にやと尋しに、金五百両なりしといふ、扠其かぐまといふ草は、いかなる草ぞと問ふに、京都にてしだ、裏白草などいふものゝ類と聞ゆ、其草お夏の間に多く刈貯置て冬に用ゆとぞ、