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今昔物語
二十七
鬼現油瓶形殺人語第十九
今昔、小野の宮の右大臣と申ける人御けり、御名おば実資とぞ申ける、身の才微妙く心賢く御ければ、世の人賢人の右の大臣とぞ名付たりし、其の人内に参て罷出とて、大宮お下に御けるに、車の前に少さき油瓶の踊つヽ行ければ、大臣此お見て糸恠き事かな、此は何物にか有らむ、此は物の気などにこそ有めれと思給て御けるに、大宮よりは西、よりはに有ける人の家の門は、被閉たりけるに、此の油瓶其の門の許とに踊り至て、戸は閉たれば、鎰の穴の有より人らむ入らむと、度々踊り上りけるに、無期に否踊り上り不得ず有ける程に、遂に踊り上り付て鎰の穴より入にけり、大臣は此く見置て返り給て後に、人お教へて其々に有つる家に行て、然気無くて其の家に何事か有ると聞て返れとて遣たりければ、使行て即ち返り来て雲く、彼の家には若き娘の候けるが、日来煩て此の昼方既に失候にけりと雲ければ、大臣有つる油瓶は、然ればこそ物の気にて有ける也けり、其れが鎰の穴より入ぬれば、殺してける也けりとぞ思給ける、其れお見給けむ大臣も、糸隻人には不御ざりけり、然れば此る物の気は様々の物の形と現じて有る也けり、此れお思ふに、怨お恨けるこそは有らめ、此なむ語り伝へたるとや、