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今昔物語
二十七
仁寿殿台代御灯油取物来語第十
今昔、延喜の御代に、仁寿殿の台代の御灯油お、夜半許に物来て取て、南殿様に去る事毎夜に有る比有けり、〈○中略〉夜に入て三月の霖雨の比、明き所そら尚し暗し、況や南殿の迫は極く暗きに、公忠の弁中橋より密に抜足に登て、南殿の北の脇に開たる脇戸の許に副立て、音も不為ずして伺けるに、丑の時に成やしぬらむと思ふ程に、物の足音して来る、此れなめりと思ふに、御灯油お取る、重き物の足音にて有れども体は不見えず、隻御灯油の限り、南殿の戸様に浮て登けるお、弁走り懸て南殿の戸の許にして、足お持上て強く蹴ければ、足に物痛く当る、御灯油は打泛しつ、物は南様に走り去ぬ、〈○中略〉其の後此の御灯油取る事、絶て無かりけるとなむ、語り伝へたるとや、