[p.0359]
古今著聞集
十二/偸盗
或所に偸盗入たりけり、あるじおきあひて、帰らん所お打とゞめんとて、其道お待まうけて、障子の破よりのぞきおりけるに、盗人物共少々取て、袋に入てこと〴〵くも取ず、少少お取て帰らんとするが、さげ棚の上に鉢に灰お入て置たりけるお、この盗人何とか思ひたりけむ、つかみ食て後、袋に取入たる物おば、本のごとくに置て帰りけり、待まうけたる事なれば、ふせてからめてけり、此盗人のふるまひ心得がたく、其子細お尋ければ、ぬす人いふやう、我本より盗の心なし、此一両日食物絶て、術なくひだるく候まゝに、はじめてかゝるこゝろ付て、参侍りつる也、然るに御棚に麦の粉やらんとおぼしき物の、手にさはり候つるお、物のほしく候まゝに、つかみくいて候つるが、はじめはあまりうえたる口にて、何の物共思ひわかれず、あまたゝびになりて、はじめて灰にて候けるとしられて、其後はたべずなりぬ、食物ならのものおたべては候へ共、是お腹にくひ入て候へば、物のほしさがやみて候也、是お思ふに、このうへにたへずしてこそ、かゝるあらぬさまの心も付て候へば、灰おたべてもやすくなおり候けりと、思ひ候へば、取所の物おも本のごとくに置て候也といふ、哀にもふしぎにも覚へて、かたのごとくのざうもちなどとらせて、返しやりにけり、