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甲子夜話

松平楽翁顕職のとき、公用にて上京のことあり、其道中箱根山お越すときは、歩行にて笠お著ながら御関所お通られけるが、御関所の番士は、何れも白洲に平伏せしに、番頭一人、頭お挙げ、声おかけて、御定法に候、御笠とらせらるべしと雲、楽翁即笠おぬがれ通行して、小休の処より人お返して、彼番頭に申遣るヽは、先刻笠お著しは我ら不念なり、御定法お守りたること感入候との挨拶なり、此事道中所々に言伝へて、其貴権に誇らず、御定法に背かれざりしお以て、増す増す感仰せりと雲、