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柳亭筆記

朧富士〈考べし〉
役者色仕組〈享保五年印本〉に、十七八の大振袖、紫の絹ちゞみに紅(もみ)の袖べり筋びろうどのはやり結び、朧富士の編笠ふかく大小のさしぶり、たしかに女と知られたり、これは女の男に出だちたる条に見えたり、娘形気、女の身にて我女の姿おきちひ、笄曲(いけ)の髪お切て二つ折に鬢(つと)出して、若衆めきたるたてかけにゆはせ、不断の風俗も裾みじかに裏おふかせ、八反掛の羽織に金ごしらへの中脇指、おぼろ富士といふ大あみ笠きて雲々、これはちかきさうしにて、当時の風俗お記しゝにはあらず、貞享元禄の頃もつはら編笠のおこなはれしむかしの事おいへるなり、さて是等の笠の名俳諧の句には見えざれども、其角五元集、富士、笠取よ富士の霧笠時雨笠、といふ吟あり、是は富士の旬にて笠の句にはあらざれど、霧や時雨のふりかゝりて、富士の姿のたしかに見えざれば、笠おかぶりて顔の見えわかぬ人に譬へ、笠おとれよといひかけたるにて、是も朧富士、都富士、富士おろしなどいふ笠の名ありしゆえに、富士の霧お笠におもひよせしならんと書のせておきつ、