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安斎随筆
後編九
一あやい笠の事 或は麦わらにて作り、或は藤にて作り、或は檜のうす板にて組て作る、いづれも本式あらざる歟、按るに、古書今昔物語などに綾藺笠とあり、又あやいがさとあり、藺は畳の衣に織る草也、いの字は藺の仮名也、後三年合戦の絵に、あやい笠おもへぎ色に彩色したり、藺の色青きゆへなるべし、又文安御即位調度の図には、色うす黄に少し赤みある色に色どりたり、是はびりやうの葉にて、笠の上お葺るなれば、びりやうの葉のかれたる色也、あやい笠のふるき図は、右の御即位の図おもつて正とすべし、其図左のごとし、〈○図略〉又按、笠の大さは、径一尺二寸計もあるべきか、〈○図略〉後三年の絵に見えたるは小く見へたり、〈人形の大さおもつて大小おいぶ也〉又笠のうへのつのは、あまりふとくは有べからず、冠の巾子ほどもあるべし、古の人は頂の上に髻お置候故、もとゞりお入んが為に巾子あり、笠にももとゞりお入べき為に、つのお立たり、後三年の絵に、つのお紐にてゆひし形見へたり、是つのゝ上より髻おむすびて、笠お留めおくべき為なるべし、然ればつのはふとくつくるまじき也、田楽法師の笠にはつのなし、今も祭の田楽笠にはつのなし、田楽笠には風袋あり、是は舞おどるにひらめきて、風流あらしめんが為に、風袋お付たるべし、今田舎などにて、やぶさめ射る笠に風袋あるは、又後三年の絵のつのお結びし紐の、あまりの垂れたるにかたどるなるべし、本とは風袋はあるまじきにや、又雲、あやい笠は、古へは常に用ひし日でり笠にて、雑具也、古き物語お見て知るべし、今は絶たる物なれば、珍らしき物には成たり、さればさのみ寸尺法式などはなき物也、藺にてあみ其形古の絵に似たらんは、古にかはらぬ綾藺笠なるべし、むつかしく秘伝などいふ事はあるまじき事也、