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賤のおだ巻
扇鼻紙袋たばこ入の類まで、色々に移りかはりたり、〈○中略〉たばこ入、翁〈○森山孝盛〉が竹馬の頃、〈○延享年中〉たばこ呑習ふ頃は、奇麗なる油紙のひとへなるお櫛形にして、廻りおかんせん縫にして、紺青にて、女は役者の紋所なんどお隅に少さく書たるお用るもあり、男は無地、又は奇麗に墨絵など書たるおとゝのへて用ひたり、或は柿澀に砂糖お入て摺交て、厚紙へ何遍も引ば、あつく成て、皮のごとくなるお、能き頃にたちて、廻りおかんせん縫にして、たばこ入に用ひたり、おとなしてて御役人などの持べきものなりけり、又びいどろ紙とて、かんてんおうすく板へながして、能がはきたる時、へがして紙のごとくなるお、かんせん縫にして、たばこ入に用ひたり、たばこの色すき通りて、景気なるものなり、子どもなどの持べきものなり、〈○中略〉たばこ入も、紙のこしらへ方、次第に高上になりて、今はきれよりも価貴し、是等は全く今の奢にて、貴き価お費す位ならば、きれのたばこ入おとゝのへて用る方ましなり、
紙たばこ入能くなりて、きれは余りうれざる故に、次第にきれも心易く上る様に、もふるどんすにまがひなど織出して、きれは下直なる紙の方はよくうれるゆえ、次第に工夫して高直になる、買人も其通りに押うつりて用ゆる、夫是いかなる人情なるや、愚意分ちがかたし、
紙たばこ入
其作者の形容、伊達下手物好は廃りて、今の気向は出ず入ず、目に立ず、殊に弁利にて、質素なるお専らとする風俗に成たる人の、いかなればたばこ入なんどの、いか様にても可済ものなるお、きれより高き拵らへ紙お用ひ、郡内にはめもかけずして、さやちりめんお著するは、いかなる心にかいぶかし、所謂こゝに賢くして、かしこにうとき類ひ成か、何事も其時代にむかひて、実不実の差別なく、うつり行人情こそあだなりけれ、