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翁草

当代奇覧と題せるものに、あらゆる雑談有り、十が一援に拾ふ、一完文の頃迄有し古老の雲く、多波粉の渡りしは近き事也、南蛮人、我朝に来て呑初たり、其時は小蠟蜀お灯して呑たり、去に仍て日本人も小蠟燭にて呑み、夫より間もなく、世界にはやりもて長ずる事になれり、〈○中略〉しかれども今の如く烟草の道具はなし、竹ぎせるとて、細き竹の節お込め、漸火皿程に切、筆の軸程なる物お、夫へ横に付て呑し也、夫さへ持たる人希也、下々抔は、直に烟草の葉おぐる〳〵と巻、呑口に紙お巻き、火お付て呑たり、大身の大名の烟草飲んと有時、近習小性片手には、つるの付たる火入に火お入れ、脇に小石お置、片手には、唐革の二尺四方程なるお四つに折持来り、主人の前に置、革の内にはきせる烟草あり、其革の上に火入お置て、たば粉おつぎ指出し、飲給て後、石にて灰お落し、右の革お元の如てに仕廻ふ、大名さへ如此、況や下々に於て、今の様紅多葉粉盆などゝ雲事一切無し、